Kornets Hus

『麦の家』

Photo: © Reiulf Ramstad Arkitekter

デンマークの8月は収穫の季節。5月には青々としていた麦も、8月になると砂色となり、収穫の時期を迎えます。

Kornet Hus「麦の家」は、デンマークで育つ麦に特化した文化施設です。以前から訪れたいと思っていたのですが、私が住んでいるところからは片道5時間以上かかるため、なかなか機会に恵まれませんでした。しかし、「ロブロ」と呼ばれるデンマークのライ麦パンをご紹介する機会が増えていることもあり、おさらいを兼ねて、この夏、「麦の家」に出かけてきました。

「麦の家」は、バイオダイナミック&オーガニック製粉や麦商品の開発販売を主に行なっている会社Aurion「アウリオン」の創設者の一人で、デンマークでのさまざまな古代麦の再栽培を根づけた立役者Jørn Ussing Larsen(ヨーン・ウシング・ラーセン)氏の主導の元、長い年月に渡る多くの人々の協働によって実現した企画です。財団およびHjørring地方自治体、法人企業からの助成によって、2021年にオープンしました。館長Jonannes Vetsergaard(ヨハネス・ヴェスタゴー)氏を始めとする優秀なスタッフ陣が運営に携わっています。

壮大な田園風景が続く北ユトランドの地に立つ建物は、デンマークとノルウェーを基盤とする建築事務所Reiulf Ramstad Arkitekterの設計です。どこまでも広がる空と畑を結ぶ役割を果たしており、田園風景に馴染みながらも人目を惹きます。木の温かさが活かされた内装は、美しいばかりではなく機能的です。館内には、隅々までこだわった意匠が施され、デンマークで育つ麦とまっすぐ向き合える空間となっています。

生涯をかけて自然と融合したクオリティの高い麦栽培にこだわってきたヨーン・ウシング・ラーセン氏とインゲ夫人の志を感じる文化施設「麦の家」は、夏休みなどの学校の休暇時には毎日開館、それ以外の時期には、週末に開館しています。年間2万人を動員しており、麦の歴史の概要や、麦生産やパン製造にちなむ道具に関する常設展示や、地麦を体験するコーナーが設置され、地麦の紹介とその普及に大きな役割を担っています。普段の生活では、麦から粉が生まれる過程を考える機会が少ないものですが、原始的とも言える麦を石で叩いて粉にしていく過程では、麦を粉にすることで生まれた文化に至るまでの道のりを感じることができます。「麦の家」が所有する畑の見学案内も行われ、多様な品種が概観できます。

学校訪問などにも力を入れていて、次世代を担う子どもたちが、デンマークの歴史を支えてきた麦はどのように育つのか、これまでどのようにして麦を育ててきたのか、など、麦にまつわる人々の暮らしを、机上だけではなく、五感で体験できる設備を備えています。また、研究機関との共同研究をはじめ、パン職人、シェフ、厨房スタッフなどの食のプロフェッショナルや、食関係の組織や企業が、麦について学び、商品開発ができる施設としても機能しています。

「麦の家」では、地麦を使った講座に参加できます。地麦でピザやパスタを作って楽しむワークショップや、石挽き麦とサワー種を使った本格的なパン教室です。パン教室には、小麦サワーをベースにした講座と、ライサワーをベースにした講座、そして、グルテンフリーのパン講座が用意されています。デンマークの国民食であるライ麦パン「ロブロ」は、ライサワーをベースにした講座で学ぶことができます。

全ての講座は、デンマークのバイオダイナミック麦王と言っても過言ではないヨーン・ウシング・ラーセン氏による麦やパン作りに関する概論で始まります。長年の豊かな経験に基づいたお話は、とても興味深く、独特のユーモアが入り混じることにも温かさを感じ、氏のお人柄に魅了されるひとときです。

「他の人がやらないなら自分がやる」をモットーとするヨーンさんとインゲ夫人は、1970年代、シュタイナー教育で有名なオーストリアの思想家・教育者ルドルフ・シュタイナーが提唱するバイオダイナミック農業や自然と人との結びつきに深い感銘を受け、バイオダイナミック農業で育てた麦を蜂蜜と塩の力で発酵させるパン製造に踏み切りました。オーガニックという概念が存在しなかった頃の話です。夫妻は有志とともに、1974年に「アウリオン」という企業を立ち上げ、地元の農家との協働で、バイオダイナミック農業やオーガニック農業で育てた地麦の販売や自然発酵によるパンの製造と販売を手掛けてきました。また、何百年も廃れていた古代麦を再栽培し、流通させるという壮大なプロジェクトなども手掛け、過去50年のデンマークでの麦を使った文化の発展は夫妻の功績なくして存在しないと言っても過言ではありません。夫妻は、「アウリオン」定年退職後、「麦の家」に慈善活動という形で貢献しています。

「麦の家」の特徴を誰もが簡単に実感できるのは、ここでの食事かもしれません。予約制が基本となっているブランチやランチは、地麦と地豆、地元の食材が多様に使われています。お食事と一緒に供される飲みものに至るまで、全て手作りという部分にも「麦の家」チームのこだわりを感じました。

今回の訪問で魅了されたランチは、次の内容でした。

  • ケールを使ったグリーンペーストで和えたポテトサラダ(茹でた小粒小麦入り)

  • 鱈のミニ・ハンバーグ「フリかデラ」・アマラントのタルタルソース

  • キノア入りワッフル・ほうれん草入り『イングリット豆』(黄えんどう豆)のフムス

  • 茹で丸麦とはじき蕎麦の実入り卵サラダ

  • 地産硬質チーズ・ルバーブのコンポート

  • アーモンドミールとアロニア入りケーキ

  • 小麦サワードゥブレッド・大麦入り全粒サワードゥブレッド・ライ麦パン「ロブロ」・グルテンフリーパン

  • レモンと生姜の濃縮シロップ(それぞれが好みで、水もしくは炭酸水で割る)

  • お茶かコーヒー(お茶は、紅茶、緑茶、白茶、ハーブティーから選べる)

少しずつ美しく盛り付けてあるランチは、受講した講座の休憩に設定された45分の素敵なひとときでした。

近いうちに、ここで学んだことを皆さんにご紹介できる日が来ることを願っています。

註)このプロジェクトは、以下の組織と企業からの助成で成り立っています。Realdania, Hjørring Kommune, Nordea-fonden, Holkegaard Fonden, ENV-fonden, LAG Nord, Spar Nord Fonden, Sparekassen Vendsyssels Fond, Aurion A/S.

文: くらもとさちこ
写真撮影: Jan Oster

Foto: © NoParking / Kornets Hus

Photo: © Linda Suhr / Kornets Hus

Photo: © Linda Suhr / Kornets Hus

Photo: © Linda Suhr / Kornets Hus

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