Sidste store bededag og hveder
最後の大祈祷日と大祈祷日のパン
デンマークの5月は、春たけなわ。ふっくらとした濃い桃色のりんごの蕾が開くと、マロニエやライラック、さんざしの花が咲き始め、辺りに素晴らしい香りを放ちます。郊外では、菜の花畑が黄金色に輝き、青々としたライ麦畑では穂が出始めます。
復活祭から4回目の金曜日に制定されている「大祈祷日」は、復活祭が移動祝日なので、毎年決まった日ではありません。今年の大祈祷日は5月5日でした。デンマークで340年近く続いてきた祝日ですが、来年から廃止されることになったため、今年が最後の祝日でした。
将来的な介護社会を見据えた医療費とウクライナ情勢による軍費の経費負担が大きくなることを見越して労働生産性の向上を図ることが、政府から発表された祝日廃止の主な理由でした。
大祈祷日の過ごし方や慣習はこちらでもご紹介していますが、昔、大祈祷日の前日午後6時から禁じられた飲食は礼拝が終わるまで続き、仕事も禁止されていました。大祈祷日を祝う食事も準備できないため、前日の夕方までにお祝いパンを焼き、当日にはそのパンを温めて祝い膳として供するという慣習が生まれました。
高緯度に位置するデンマークでは、最南部でわずかな量の小麦しか生産できなかったため、小麦は贅沢品で特別な日のみに使う食材でした。普段にはライ麦、特別な機会には小麦を使う感覚は、高度成長期以降、ずいぶんと薄らいでいますが、小麦に対する特別な感覚は根強く残っているように感じます。
大祈祷日のお祝いパンは、「小麦」を意味する「ヴィーダ」[Hveder]と呼ばれています。お祝いパンなので、小麦粉にバターや牛乳、卵を加えた贅沢な生地で作り、カルダモンの風味を効かせます。一人分に分割して丸めた生地を、ちぎりパンになるように並べて焼くため、ソフトな食感が特徴です。それぞれがふっくらとふくらんでいる様子から「小麦のつぼみ」という別名もあります。
大祈祷日のお祝いパンは食べ方にも不文律があり、ナイフで上下を二分割し、軽くトーストして供します。デンマークでは、お祝いパンにバターをたっぷりと塗る習慣がありますが、このパンも室温にもどしたバターを添えます。はちみつやジャムを塗ることもあるようですが、私はカルダモンの香り高く焼き上がったパンの風味を発酵バターだけで味わうのが好きです。大祈祷日当日に軽くトーストして楽しむパンですが、焼きたてのおいしさは格別です。
新じゃがにはバターを溶かして食べることを好む人が多いのですが、パンには溶かさないで柔らかいバター塗って食べることが不文律のようです。私は、小さな頃、祖母が作ってくれたバターが溶けて食パンに染み込んだトーストが好きだったのですが、デンマークでは温かいパンに塗ったバターを溶かしてしまい顰蹙をかったことが何度かあります。
その後、デンマークの家庭で焼き立てのパンにバターを塗るときには、バターを溶かさなように厚く塗るべきだということを何度か教わりました。かじると歯の跡がつくくらい、たっぷりと塗るバターには「歯型がつくバター」という名称があるほど、バターの量や塗り方にこだわりがあります。歯型がつくバターという方法は「おばあちゃんの食べ方」とも呼ばれ、パンとバターというシンプルな組み合わせが楽しめます。
さて、今年に決定した大祈祷日の廃止は、国民の反感を大きく買いました。大祈祷日のパンを大量に並べて売っていたベーカリーやスーパーマーケットでも、「大祈祷日は今年が最後ですが、大祈祷日のパンは最後ではありません。」「大祈祷日がなくなっても、大祈祷日のパンはなくなりません。」などというキャッチフレーズを多く見かけました。
国の経済力を高めることが祝日廃止の理由でしたが、最近の調査では、デンマーク経済が至って好調だということも検証されており、疑問は高まる一方です。また、環境にやさしい社会づくりとして、持続可能な生産方法に切り替えるばかりではなく、消費行動に頼る経済成長の仕組みを見直すべきではないかという考え方も紹介され始めました。大祈祷日のパンはヒュッゲを象徴するパンでしたが、今回、政治色が加わったことに興味を覚えています。
来年、大祈祷日はなくなっているのですが、大祈祷日のパンを楽しむ人は引き続きいるのではないでしょうか?大祈祷日に有給休暇をとってでもこれまでの慣習を続けたい人が多いのではないか・・というのが、デンマーク人である夫の見解です。来年に改めてご報告したいと思います。
今回の投稿では、我が家で作っている大祈祷日のパンのレシピをご紹介します。カルダモンの香りが楽しめるプレーンなちぎりパンです。
デンマークの5月の風物詩の一つですが、小麦で作るので、夫の出身地辺りでは「お菓子」のカテゴリーに入ることも併せてお伝えしたいと思います。
焼きたてもトーストも、どちらも捨て難いおいしさです。トーストは、柔らかいバターを(溶けない状態で!)たっぷり塗ってお召し上がりになってみてくださいね。トーストの香ばしさと芳醇なバターがそれぞれに楽しめます。
バターは発酵バターだと申し分ありません。
ぜひお試しください。
大祈祷日のパン『ヴィーダ』
材料(6個分)[*1]
ミルク 150 g [*2]
インスタントドライイースト 2 g [*3]
砂糖 30 g
溶き卵(全卵)25 g
全粒粉 50 g[*4]
強力粉 200 g [*5]
カルダモン・パウダー 2 g
自然塩 4 g
バター 30 g [*6]
作り方
ボウルにミルクとイースト、砂糖を入れ、イーストを溶かす。溶き卵を加えた後、粉類とカルダモン、塩を加え、全体をスケッパーで混ぜる
キッチンクロスをかけて、20分ほど室温で生地をなじませる。
生地をよく練る。生地がなめらかになってきたら、薄く切った冷たいバターを一枚ずつ加え、さらに練り込んでいく。[*7]
生地がなめらかになったら、ボウルをキッチンクロスで覆い、室温で2時間ほど発酵させる。
ボウルごと冷蔵庫に入れ、一晩もしくは1日ほど、冷蔵発酵させる。常温での発酵を続けてもよい。その場合は、気温にもよるが、2時間の発酵の後、1、2時間くらいで倍以上の大きさになる。
翌日、冷蔵発酵した生地を一時間くらい常温に置いた後、生地を6等分にし、表面がツルッとなるように丸める。
1 〜1.5 cmの間隔をおいて生地を並べる。バットなどを使うと、外側の四面も立ち上がるのでオススメ。
気温によるが、30〜60分、生地がふっくらと膨らみ、お互いの境が埋まるまで発酵させる。
220℃に予熱したオーブンで12〜15分、きれいな焼き色がつくまで焼く。
型から出し、クーラーの上で粗熱をとる。
NOTE:
*1 私はいつも倍量で作っています。焼いたパンは冷凍保存できます。
*2 無添加のオーツミルクを使っています。牛乳の場合、3.5%乳脂のものがよいと思います。
*3 5グラムの生イーストを使っています。
*4 石挽き全粒粉を使っています。
*5 中力粉に近い石挽き地粉を使っています。
*6 無塩の発酵バターを使っています。
*7 私はキッチンエイドで生地を練っています。
<補足> 冷蔵庫に余裕があれば、二次発酵させた生地を成形し、型にセットした状態まで準備してから冷蔵庫で一晩寝かせる方法がとれます。この場合、翌日に常温で一時間ほど置いた後、220℃のオーブンで焼きます。翌日の仕事が少ないことがメリットです。
文・レシピ: くらもとさちこ
写真撮影: Jan Oster