Rugbrødslagkage “Brottorte”

ライ麦パンを使ったお祝いケーキ

ごはんに梅干しが日本のソウルフードだとしたら、デンマーク人にとってのソウルフードはバターを塗ったライ麦パンだと思います。日本人の持つ「主食」という概念とは少し違うのですが、ライ麦パンがデンマークの国民食であることは間違いのない事実。朝食に、昼食に、夕食に、そして、普段の日にもハレの日にも、ライ麦パンが登場します。どこの家庭のキッチンにも必ず常備されている食材と言っても過言ではない存在力を持つのが、デンマークのライ麦パンです。

スーツケースにライ麦パンを何本か詰めて休暇に行ったという話は、最近、あまり聞かなくなったように思いますが、少し前までは定番のように感じていましたし、今でも、海外旅行から帰って、まず何が食べたいかという話では、間違いなく筆頭に上がるのがライ麦パンです。

ライ麦パンとの最初の出会いは、1985年。交換留学生として広島の実家にやってきたデンマークの青年は、滞在先の家庭で自国の紹介をしようと考えて、ライ麦パンと鰊のマリネの瓶詰め、そして、「スナップス」と呼ばれるじゃがいもで作った蒸留酒をスーツケースに入れてやってきました。ライ麦パンと鰊のマリネと「スナップス」は、デンマーク版オープンサンドイッチとして紹介されている「スモーブロ」とそのお供として代表的な組み合わせなのですが、当時18歳だった私は、台所は母が立つ場所だと思い込んでいたため、17歳の男の子が「鰊のマリネのスモーブロ」を手早く仕上げ、自国を代表する料理だと説明したことがとても大きな衝撃でした。残念ながら、スモーブロのお味に関しては、おいしい!と叫びたくなるような、わかりやすい味ではなかったということしか記憶に残っていません。

実家に滞在していた男の子は、日本の食事はとても素晴らしいと感動していたし、母が用意する料理はどれもおいしそうに味わって食べてくれていたけれど、デンマークに帰ったら、まず、ライ麦パンを食べたいと言っていたことも深く印象に残りました。

気がつくと、私のデンマークでの暮らしは今年で30年を迎えますが、我が家でもライ麦パンは常備食として活躍しています。

北欧は高緯度に位置し年間の日照量が少ないため、小麦を育てることが難しく、千年以上もライ麦、大麦、燕麦がメインの穀物でした。その中で、パンの材料として使っていたのがライ麦です。デンマークのライ麦パンは、細かく挽いたライ麦と粗く挽いたライ麦を組み合わせて食感を複雑にし、サワー種で発酵させます。昔は月に一回まとめて焼いていたという記録が残っていますが、確かに一ヶ月ほど日持ちするパンなのです。ただ、一ヶ月も経つととても硬くなるので、最後の方は、パンをお粥にするなど、硬いパンを食べやすくする方法なども伝えられています。

今は、シードや小麦粉を加えてしっとり感やソフト感を出したライ麦パンがスーパーやベーカリーでの主流になっているようにも感じますが、誠文堂新光社刊「北欧料理大全」でご一緒させていただいた料理家カトリーネ・クリンケンさんや、15年あまり私を客員講師として招聘してくださったホイスコーレの元教頭であり、デンマークの料理バイブル「GOD MAD LET AT LAVE」の著者でもあるキヤステン・フュ・フォクトさん、デンマーク料理の基礎を学んだ母校の元校長のイナ・ヴォン・ピーダーセンさんの影響で、私にとっての理想のライ麦パンは、元来の細かく挽いたライ麦と粗く挽いたライ麦を組み合わせ、サワー種で発酵させたものです。シードをたっぷり入れてしっとり感やソフト感を出したライ麦パンもおいしいのですが、細挽きと粗挽きのライ麦を組み合わせた独特の食感とライ麦・塩・水・サワー種というシンプルな組み合わせならでは味わえるライ麦独特の味は醍醐味そのもの、やみつきになるおいしさです。

デンマーク人の夫は、その日に焼かれたライ麦パンのおいしさをこよなく愛しています。小麦パンと違い、ライ麦パンは翌日まで待ってからの方が切りやすく、味もこなれてくるのですが、焼いた当日のライ麦パンは切りにくいものの、フレッシュなライ麦独特の香りが楽しめます。

ライ麦パンの使い方はバラエティーに富んでいます。基本は、のっけごはんのように、何かをのせて食べる形。ナイフとフォークで食べるタイプは「スモーブロ」と呼ばれ、手で食べるタイプは「〇〇ごはん」と呼ばれます。息子が通っているシュタイナー学校の保護者はナチュラル志向の方が多く、小さい頃、遊びに行かせていただいたお友達のお宅では、どこもライ麦パンにバターとはちみつをたっぷり塗った「はちみつごはん」がおやつの王道でした。デンマークの家庭では、朝食に昼食に夕食にとライ麦パンが大活躍することが多いので、一本があっという間になくなるのが普通だと思いますが、硬くなってきたら、お粥にしたり、スープ用のクルトンやヨーグルト用のトッピングに展開できます。

究極のライ麦パン変化球は、今回、ご紹介する「ライ麦パンを使ったお祝いケーキ」ではないかと思います。これは、騙されたと思って召し上がってみてください!と言いたくなる掘り出し物的な存在。標準語ではrugbrødslagkage(ライ麦パンのお祝いケーキ)と呼ばれていますが、南ユトランド地方では、Brottorte(パンのケーキ)と呼ばれています。蛇足ですが、南ユトランド地方では、パンと言えばライ麦パンを指し、小麦ベースのパンはケーキ(kage)と呼ばれています。デンマークの食の歴史を感じる名称です。

そぼろ状にしたライ麦パンを粉代わりに使い、ヘーゼルナッツもたっぷり使ってつくる味わい深いスポンジケーキに、香り高く酸味の効いた黒房すぐりのジャムと柔らかく泡立てた生クリームで飾るだけのシンプルなケーキですが、その味わいの深さには、作る度に驚きにも似た感動を覚えます。

このお祝いケーキは、ドイツと地続きになっているユトランド半島の南部地方に伝わる伝統菓子です。夫は、この地方の出身で、誕生日はこのケーキで祝うのが実家での慣習だったとか。夫と結婚した年、夫の妹が用意した甥の誕生日を祝うケーキが「ライ麦パンを使ったお祝いケーキ」でした。その時に、当時、既に他界していた夫の母がいつも夫の誕生日に用意していたケーキだという話を聞き、以来、誕生日に繰り返し焼くケーキとなりました。

夫の誕生日は、クリスマス・イヴから二週間後、大晦日から一週間後の1月7日。12月に繰り返しお祝い料理を楽しみ、親族とも何度となく顔を合わせた後の誕生日のメニューは、毎年、頭を抱えてしまうのですが、このケーキは必ず作ります。来客も楽しみにしている我が家の一月のケーキです。

私のライ麦パンに寄せる想いを読者のみなさまと共有したく、今年はこの食べごとブログで、ライ麦パンを使った食べ方をご紹介します。我が家での一月のハイライトは、なんと言っても「ライ麦パンを使ったお祝いケーキ」です。変化球からのスタートになって恐縮ですが、まず、このケーキをご紹介します。

ライ麦100%とサワー種で作られたパンからの深みのある味とヘーゼルナッツのコク、完熟した黒房すぐりで作るジャム、オーガニックの純生クリームが醸し出す絶妙な味わいをお試しいただければ嬉しい限りです。

ライ麦パンは、原材料が全粒ライ麦粉と食塩のみのものでお試しください(原材料に酵母が記入されていることもあります)。使ってあるライ麦が粗挽きと細挽きが組み合わさったものをお使いいただく方が食感がよいと思います。

黒房すぐりも、このケーキの偉大なる影役者です。黒房すぐりには、ブラックカラント、カシスという別名があります。国産は青森のものが入手できるようですね。我が家では、家庭菜園で完熟してから採取した自家栽培の黒房すぐりを冷凍して、一月のお祝いに使っています。ジャムは、とろとろがおいしいと思います。

誠文堂新光社刊「北欧料理大全」P.191でもご紹介しているケーキですが、こちらでは、直径15 cmくらいで焼ける分量をご紹介します。ぜひお試しくださいね。


ライ麦パンを使ったお祝いケーキ


材料

<ライ麦パンベースのスボンジ生地>

  • へーゼルナッツ 50 g

  • ライ麦パン[*1]50 g

  • ベーキングパウダー 小さじ1/4

  • 純ココア 大さじ1

  • 卵 2個

  • きび砂糖[*2]60 g

<黒ふさすぐりのジャム>

  • 市販のもの[*3] 200 – 250 g

もしくは

  • 黒房すぐり 180 g

  • きび砂糖     60 g

  • レモン果汁 大さじ1

  • (必要に応じて)はちみつ

<フィリング・トッピング>

  • 黒房すぐりのジャム 200 〜 250 g

  • 純生クリーム(乳脂肪35%)150 〜 200 ml

  • ヘーゼルナッツ 一握り

  • ダークチョコレート(カカオ約70%のもの)


作り方

 <スポンジ生地>

1. ヘーゼルナッツを160℃のオーブンで10分ほどローストし、お互いを擦り合わせて皮をざっと除く。

2. ライ麦パンをフードプロセッサー、もしくはミルサーで、パン粉のように砕く。きめの細かい粉状にするよりも、少し手前の状態の方が、ケーキになったときに食感が楽しめる。

3. 粗熱をとったヘーゼルナッツも、粉になってしまわない程度にざっくり砕く。

4. 細かく砕いたライ麦パン、ヘーゼルナッツ、べーキングパウダー、ココアをさっくりと混ぜる。

5. 卵を卵白と卵黄に分け、卵白を硬く泡立て、きび砂糖を少しずつ加えて、しっかりとしたメレンゲを作る。

6. 卵黄を一つずつ加えていく。

7. ライ麦パンとナッツを合わせた4.を加えて、生地をさっくり混ぜる。

8. クッキングシートに直径15 cmくらいに生地を流す。縁がギザギザになっていないタルト型2台に流してもよい。

9. 200℃に予熱したオーブンで10〜12分焼く。竹串を中心にさして生地がついてこなければ、OK。

10. スポンジ生地を取り出し、網の上で粗熱をとる。(ここまでの作業は、前日に用意できます。)

<黒房すぐりジャム>

1. 黒房すぐりと砂糖、レモン果汁を鍋に入れ、20分くらい黒房すぐりから水分ができるまで放置する。

2. 鍋をゆっくりを沸騰させ、強火で5分くらい煮て、消毒した瓶に入れる。

3. 粗熱がとれてから、酸味を確認し、酸味が強すぎる場合は、はちみつで甘さを調節する。(私はかなり酸っぱく仕上げます。)[*4]

<仕上げ>

1. 純生クリームを柔らかく泡立てる。

2. 一枚目のスポンジ生地にジャムをたっぷり塗り、泡立てたクリームをふんわりとのせる。

3. 二枚目のスポンジ生地をそっとのせ、ホイップクリームをふんわりのせ、粗くカットしたヘーゼルナッツと削ったダークチョコレートを飾る。

 
NOTE:

*1 ライ麦だけで作られたライ麦パンをお使いください。

*2 色の濃いきび砂糖の方がコクが出ます。

*3 市販のジャムをお使いの場合、原材料が黒房すぐり(別名: ブラックカラント、カシス)と砂糖のみのものをお使いください。ジャムが硬い場合は、レモン果汁を足して、緩さを調節してくださいね。このケーキには、酸味が強いジャムが合います。

*4 前日までに用意できます。


写真撮影: Jan Oster

<ご案内>
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木製プレート: Akiko Ken Made

プレート: Gurli Elbackgaard

Plate: Ditte Fischer

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