Tappenstreg

松明パレード

9月に入り風が秋の到来を告げると、夏服を納め、ウールの肌着を取り出し、冬服を確認する作業に入ります。朝夕は10℃を切ることが多くなり、寒さを感じ始める季節になりました。

私の9月は、最初の週末に全国各地で開かれる「オーガニック収穫祭」で始まり、デンマークを代表する総合文化施設「チボリ」で最後の日曜日に行われる「松明パレード」で幕を閉じます。

松明パレードはデンマーク語で「タッペンストライ(Tappenstreg)」と呼ばれています。兵士に終業を知らせ、夜の安息を促す音楽演奏を指し、17世紀に遡る伝統ある行事です。

私の実家がある町では、午後6時になると「夕焼け小焼け」の曲が町内放送で流れ、子どもにとっては、そろそろ家に帰りなさいという合図だったと覚えているのですが、タッペンストライは兵士に兵舎の門限を知らせる合図として使われていました。タッペンストライという言葉は「樽の栓を閉じる」という意味を持ち、指揮官が兵士に一日の終業を告げて歩く傍ら、ビール樽の注ぎ口にコルクなどを入れて、ビールが飲めないようにしていたという謂れがあります。タッペンストライの15分後には兵舎の門が閉められ、就寝の時間を迎えていたようです。

この行事は、今もデンマーク王国での軍事式典として受け継がれており、特別な機会に近衛兵吹奏楽隊によって演奏でされています。また、ニュボー(Nyborg)という町では、かつて要塞の町として重要な役割を果たしていた歴史を記念する式典が毎年行われており、そこでもタッペンストライが演奏されています。

この伝統はデンマーク王室近衛兵をお手本とする「デンマーク王国少年少女音楽隊チボリガード」でも引き継がれており、音楽隊が所属する総合文化施設チボリの夏季閉園を告げる伝統行事として公演を行なっています。

チボリガードでは、チボリの夏季閉園で一年が終わります。現在、チボリは、復活祭前から9月の夏季開園の他、10月中旬から11月初旬までの秋開園、11月下旬から12月末までのクリスマス開園の3期で運営されていますが、創立から150年間、夏季開園のみの営業でしたので、年度末が夏季開園の最終日という「チボリ暦」が、今も尚、チボリの関連機関で息づいています。

今年のチボリガードによる松明パレード「タッペンストライ」は、夏季開園最終日の閉園1時間前、夜9時に始まりました。夏には明るかったこの時間帯も9月下旬になると暗闇で覆われます。タッペンストライの公演時には、チボリガードはいつもの祝賀装束ではなく暗闇に溶け込む紺づくめで登場します。吹奏楽隊の木管楽器を担当するメンバーと鉄砲隊のメンバーがそれぞれの楽器や鉄砲を所持していないことも目を引きます。

タッペンストライでは、松明パレードが行われる前に、唯一、祝賀装束を身につけた首席トランペット奏者が舞台でソロ演奏を行います。かつて兵士に門限が近いことを知らせた合図に使われた曲です。本来は東西南北の四方へ向けて演奏するのですが、舞台での演奏なので、トランペット奏者側から見て、左、右、中央の順に3方向で同じ曲を1回ずつ演奏します。

トランペットによるソロ演奏が終わると、松明に灯りが灯されます。4列の編成ですが、中2列に金管楽器と打楽器が入り、木管楽器のメンバーと鉄砲隊が松明を持って両外側を固めます。そして、いつもチボリガードのパレードで行進の整理を行なっているチボリ・スタッフも松明を手に持ってパレードに加わります。この行列には「8番線」と呼ばれている電車の形をした乗り物が続きます。勤続50年の名物運転手による運転で動く「8番線」にはチボリガードOBが大勢乗り込みます

松明パレードで演奏される曲は一曲。この曲がパレードの間中、繰り返し演奏され歌われます。下記に歌詞をご紹介しますね。

For gangen nat vor gamle kat en fed og lækker mus fik fat

おいぼれ猫がまるまる太ったおいしそうな小ネズミを捕まえた

Men da den i det samme så en rotte lod den musen gå

大ネズミを見つけた猫は小ネズミを手放した

Og katten efter rotten sprang men fik en næse nok så lang

猫は大ネズミめがけて飛びつくも大失敗

For mus og rotte begge to slap lykkeligt fra kattens klo

小ネズミも大ネズミも猫からまんまと逃げたとさ

松明パレードが行われている間、夜の暗闇に飾られた園内の電飾やレストランの灯りはすべて消され、無数の松明の灯りがチボリ園内をパレードとともに移動します。美しく抒情的な伝統行事です。

チボリガードでは16歳になる年に卒団する規則があり、卒団は年度末に行われます。チボリガードの卒団メンバーにとっての最後の公演は松明パレードです。大きな声で怒鳴るように歌っているのに涙が頬を伝っている光景をよく見かけます。途中入隊組もいるので、全員が揃って8年所属しているわけではないのですが、チボリガードでは8歳から16歳までの年月に公演できるたえ、仮にこの8年間をチボリガードで公演したと仮定すると、その期間は人生の半分にあたります。先日、今季の卒団生15名が面白がって計算した結果によると、卒団生全員でのべ94年分働いたことになり、7500回の公演を行い、13,160キロメートルをパレードで歩き、その歩数は2,800万歩になったのだそうです。卒団の意味は本人に持て余すほど大きく、だからこそ、卒団したOBが大勢この日にかけつけて追い出しを賑やかに行って慰労代わりにする慣わしなのでしょう。

約30分で園内を一周して松明パレードを終えると、15分後の午後9時45分からチボリ・コンサートホールの屋上で閉園を合図する打ち上げ花火が連発します。チボリは花と光と音楽に彩られた文化施設ですが、打ち上げ花火も1843年の創立当初から続いている行事で、音楽に合わせた連続花火は見応えがあります。今回は二曲の音楽と競演する打ち上げ花火でしたが、締めの曲は、チボリの初代音楽監督で「北欧のシュトラウス」という異名をとったロンビ作曲の「シャンパン・ギャロップ」でした。この「シャンパン・ギャロップ」の華やかで軽快な音楽に合わせた打ち上げ花火の数々は、エンターテイメント性が高くて圧巻でした。

こうして今年のチボリ夏季開園が幕を閉じ、チボリガードは卒団生との別れを迎えます。そして、一週間の休みの後、新しい編成メンバーでの練習を開始し、11月中旬からのクリスマス公演でのお披露目に向けて練習を積む日々が始まります。

文: くらもとさちこ
写真撮影: Jan Oster

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