Tivoli & Tivoli-Garden III

文化施設チボリと少年少女音楽隊チボリガードのおはなし(3)

6月のデンマークは、爽やかな風がそよぎ、さまざまな花が咲きほころぶ美しい季節です。気温もようやく20℃を超える日が数日続くようになり、天気のよい日には、海辺や芝生で日光浴を楽しむ人々で賑わいます。

デンマークの6月は日本の3月のような学期末にあたり、義務教育を終えた生徒や高校を卒業した生徒にとっては、さまざまなお祝い行事で忙しい「別れの季節」です。これまで一緒に机を並べてすごしてきた学友との別れをドーンと賑やかに祝って、湿っぽさを吹き飛ばすという手法は、とてもデンマークらしく映ります。

今月、義務教育を終えた我が家の息子も、学校での最後の三週間は、卒業記念の演劇をクラスの仲間と一から作り上げるという企画に奔走し、数日に渡る演劇上演を行なって卒業式を迎えました。ピクニック、ブランチ、ディナー、パーティーなどのお別れイベントが演劇の準備や公演の傍らで催され、卒業後も学友とのパーティーが週に二、三度のペースで行われています。16歳になると低アルコール飲料が買えるようになることも手伝って、大人の世界の試運転を実行しているような雰囲気です。「別れ」は学友との別れだけではなく、子ども時代への別れにも繋がっているのでしょう。一抹の寂しさを吹き飛ばすためにも学友との賑やかなひとときが必要なのかもしれません。

さて、デンマーク文化を象徴すると言われる文化施設チボリに所属する「デンマーク王国少年少女音楽隊チボリガード」は、毎年、学校が夏休みに入った直後にサマーコンサートを行います。チボリ園内にある「チボリ・コンサートホール」で催されるサマーコンサートは、中休憩を挟んだ2部で構成される2時間弱の公演です。国内外の素晴らしいアーティストを招聘することで定評のあるチボリ・コンサートホールでの公演は、チボリガードのメンバーにとって、プロの音楽家に求められるプロセスを体験する貴重な機会となっています。

今年、180周年を迎える文化施設チボリでは特別祝賀プログラムが用意され、世界的な一流アーティストをお迎えした公演が目白押しです。チボリガードでは、ウィーン在住のコロラトゥーラ・ソプラノ歌手田中彩子さんを初の日本人ゲスト・ソリストとしてお迎えする栄誉に恵まれました。

今回の企画は、デンマーク国立音楽院を卒業し、デンマークでの精力的な作曲活動を経て、2019年からチボリガード委嘱作曲家として活躍してきた背景を持つ作曲家・吉田文さんが、子どもの音楽教育への支援に熱心な田中彩子さんに、来年で結成180年という歴史を持つデンマークを代表するジュニア音楽隊の存在をご紹介くださる形で、世界にも類を見ないコラボレーションが実現しました。

「天使の声」と称される田中彩子さんのコロラトゥーラ・ソプラノは、デンマークを代表する作曲家カール・ニールセンの歌曲で披露されました。カール・ニールセンの歌曲は、デンマークで国民的唱歌として広く愛されていますが、その美しい歌曲は、作曲家吉田文さんと作曲家イェスパー・リースさんの手により、田中彩子さんとチボリガードの魅力を最大限に引き出す趣向で特別に編曲されました。

今回の公演中、会場が水をうったように静かになり、深い感動に包まれる独特の雰囲気が漂ったのは、カール・ニールセン作曲、吉田文編曲「Tit er jeg glad」(幸せなのに)。カール・ニールセンの歌曲で最も美しいと評されることが多いこの曲は、これまでの仕事で田中彩子さんの才能と声質を熟知し、チボリガードの音楽性に深い理解のある吉田文さんだからこそ生まれた作品だと言えるでしょう。

初演に向けてご来賓だった作曲家・吉田文さんに企画や作品についてお伺いしました。

Q: 田中彩子さんとチボリガードとのコラボレーションの背景をお聞かせください。

A: 一昨年、昨年とコロラトゥーラ・ソプラノの田中彩子さんに作品を委嘱させていただいたご縁で、近年、音楽教育や支援にも精力的な田中さんをゲストにお迎えしたコンサート企画をご提案いたしました。教育的視点だけではなく、音楽的にも、コロラトゥーラソプラノとジュニア音楽隊というユニークな編成は類を見ないコラボレーションになるのではと考えました。田中さんのお声を、どのようにチボリガードのサウンドの中で活かすことができるのかという部分が難しくも興味深いプロセスでした。

Q: 田中彩子さんのソリスト公演の曲目に「Tit er jeg glad(あらまし私は幸せ)」が選ばれた理由を教えてください。

A: デンマークの作曲家カール・ニールセンは、交響曲や、協奏曲で名を馳せた作曲家で、日本でも時折演奏されているように思いますが、私は彼の作品の中でも歌曲に大変興味を持っています。歌曲といっても、オペラのアリアやリートのようなものではなく、これまでずっとデンマーク国民にとても愛されてきた国民歌のようなものです。デンマークの風景を描いたような音楽は大変美しく、その中でも「Tit er jeg glad」は儚いメロディーと美しい詩を持つ、私の好きな作品の一つなのです。今回、この作品をぜひコロラトゥーラソプラノとチボリガードの編成のために編曲をしてみたいと思い、取り上げました。

Q: 田中彩子さんとの共演コンサートを終えてのご感想はいかがでしょうか。

A: 16歳を最年長とするチボリガードのみなさんが、私の少々難解な編曲を理解しようと取り組んでくださったこと、大変嬉しくご一緒できましたこと、光栄に思います。

Q: 今後の展望をお聞かせください。

A: 芸術は普遍的な美しさを求めるものです。今回のコラボレーションに限らず、今後とも様々な視点を持ってチボリガードと音楽家のコラボレーションが行われていきますこと、心から願っております。またいつの日か、チボリガードのみなさんと一緒に、カール・ニールセンの美しい歌曲を日本でお届けできます日を夢に見ております。

コンサートでは、チボリガード吹奏楽隊の指導者の一人であり、由緒あるデンマーク王国海軍鼓笛隊の指揮者でもあるレネ・ビィヤゴー・ニールセンが司会を担当しました。田中彩子さんがソリストとしてご登場くださる前に行ったご案内の一部を下記に紹介します。

(前略)この度のチボリガードとの共演に関して、田中彩子さんが深い理解を示してくださり、ご興味をお持ちくださったことに感謝します。今回の共演は、田中彩子さんの音楽的才能とお人柄を通じて、チボリガードのメンバーの音楽的そして社会的成長を促す貴重な機会をなりました。(中略)田中彩子さんは、私たちのカール・ニールセンの歌曲に興味を示してくださったばかりではなく、デンマーク語での歌唱を望んでくださったことを光栄に思います。編曲は、田中彩子さんとチボリガードという組み合わせに合わせて特別に行われました。(後略)

今回、リハーサルから公演に立ち会う機会に恵まれましたが、子どもたちの田中彩子さんをお迎えする期待と喜びは並々ではなく、田中彩子さんの素晴らしいデンマーク語による歌唱に驚き圧倒されつつも懸命に演奏に励む姿が印象に残りました。

今回のおはなしは、ゲスト・ソリストとしてお迎えしたウィーン在住のコロラトゥーラ・ソプラノ歌手田中彩子さんから頂戴したコメントをご紹介して幕を閉じたいと思います。

チボリガードとの共演は、忘れられない素晴らしい思い出となりました。リハーサルの時の子どもらしい姿から一転、制服を着るとピリッとした雰囲気に包まれ、しっかりとしたプロ意識を持ち、チボリガードとしての誇りを感じました。皆に愛されるチボリガードと共に、今回カール・ニールセンを公演する事ができとても光栄に思います。

この公演については、こちらからもご覧いただけます。田中彩子さんの日本公演予定のご紹介もありますので、合わせてご確認いただければと思います。

また、この公演の映像収録は、現在、編集中です。映像が投稿されましたら、こちらのページでもリンクをご案内いたします。来月、このページにお立ち寄りいただけますことを願っています。

文: くらもとさちこ
写真撮影: Jan Oster

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