Rugbrød i Danmark

デンマークのライ麦パン

デンマークでは、9月に入ると冷涼な空気が漂います。プラムがおいしい季節を迎え、早稲のりんごや梨が店頭に並びます。露店販売の野菜も充実した品揃えになり、週末に市場を訪れるのが楽しみな季節です。

今回は、デンマークのライ麦パン文化について、その概要をご紹介します。

デンマークでのライ麦パンは、日本での「ごはん」に相当する存在です。炊き立てのつやつやふっくらしたご飯に多くの日本人が特別な思いを抱くように、ライ麦パンはデンマークの人々の暮らしに深く根付いている食材です。国外旅行にライ麦パンを持参すると言う話や、帰国後、まずライ麦パンを食べたいという話もよく耳にします。

前回にもご紹介しましたが、デンマーク食糧庁が発表している食指針の一つは「精製されていない穀物を食べよう」です。生活習慣病の予防を目的に食物繊維が豊富な全粒穀物が推奨されているのですが、摂取の推奨量は一日あたり75 gです。その目安として、オートミール1カップ(200cc)とライ麦パン1枚という組み合わせと、ライ麦パン5枚という参考例が挙げられています[※1]。目安としてライ麦パンが登場するところにデンマークらしさを感じます。

1000年以上の歴史を持つライ麦パンはサワー種で発酵させるパンです。ライ麦粉に水を加えて発酵させた元種を使ってパン生地を作りますが、100年以上繋いでいる元種も少なくありません。糠床と似ていますね。サワー種は、元種に全粒ライ麦粉と水を同量加えて用意します。このサワー種に水と全粒ライ麦粉だけではなく、粗挽きライ麦を組み合わせと、デンマークらしいライ麦パンになります[※2]。用意したパン生地から次回のサワー種となる元種を取り分けた後、生地を型に入れて焼くという作業を繰り返します。ライ麦と塩と水があれば作れるシンプルな古来の手法ですが、ライ麦の味や香りを堪能できます。また、粗挽きライ麦を加えることで、ナッツに似たコクや食感が生まれます。現在、市場で簡単に入手できる「ライ麦パン」は日が経ってもソフトな食感が続くものが多く、亜麻の実やひまわりの種といった種子や小麦粉が加わりスライスしてあるものが主流です。袋から一枚ずつ取り出せる形なので、忙しい毎日を送る一般家庭の常備食品となっています。

ライ麦パンにはわずかな酸味と苦味があり、ライ麦の旨味とごつごつどっしりした食感が特徴です。極上のきめ細やかな食パンを優美で軽やかなお姫様に例えると、ライ麦パンには畑で黙々と働く田舎のおばちゃんのような力強さと逞しさを感じます。ライ麦は小麦と違い、冷涼な土地でも育つため、北欧でも収穫できる麦として重宝されてきました。ライ麦は、北欧での暮らしの糧としての役割をになってったのです。

ごつごつしたライ麦パンを主食としているからでしょうか、デンマークでは「よく噛む」習慣が根付いているように思います。デンマークの人と一緒に食事をしていると、よく噛んで食べている姿が印象的です。よく噛むと、食事をゆっくりと楽しめるだけではなく、消化を促進しますし、食べ過ぎを防ぐことができます。また、ライ麦パンは未精製の麦を使うので、血糖値の急上昇を防ぎ、豊富な微量栄養素や食物繊維が摂取できるメリットもあります。

デンマークの暮らしでは、次のような形でライ麦パンが登場します。

<朝>

<昼>

  • スモーブロ[※3 ]

<おやつ>         

  • はちみつごはん(ライ麦パン x はちみつ)

  • ライ麦パンスティックのロースト

  • チーズごはん(ライ麦パン x チーズ)

<夕食>             

  • ライ麦パンのおかゆ x ミルクかクリーム

  • ライ麦パンごはん[※4]

  • スープ x ライ麦パン[※5] 例)えんどう豆のスープ

  • マッシュポテトなど柔らかい食感のじゃがいもが入った伝統料理 x ライ麦パン

<デザート・スイーツ>

  • ベリースープ x 甘いライ麦パンクルトン

  • ベリーのさっと煮 x ライ麦パンのクネス

  • りんごとライ麦パンそぼろの冷製デザート

ライ麦パンは手軽で栄養豊富な食材として一日に一度は食べているという人は国民の半分を占めています。歴史的にも空腹を満たす貴重な食材でした。

ライ麦パンに使うサワー種は、パンに旨味を与えるだけではなく、パンの保存にも重要な役割を担っていました。パン屋が台頭する18世紀以前は、1カ月に1度、大きな農家にあるパン釜の火を起こして、まとめてパンを焼いていました。ライ麦と水と塩だけで作る古来のライ麦パンは冬場は2ヶ月、夏は1ヶ月の日持ちがしたと言われています。

25年近く前になりますが、年配のご夫妻のお宅に居候していた時期がありました。毎週木曜日が旦那さまの夕食担当の日と決まっているというご案内があり、ご本人も奥様もとても楽しみになさっている様子が微笑ましく思えました。最初の木曜日、いったい何をお作りになるのだろうと興味津々で拝見していたら、徐に自家製ライ麦パンを取り出し、好みの厚さに切ったところに冷蔵庫の材料を組み合わせ、3種類の「ライ麦パンごはん」があっという間に仕上がりました。「これが僕の十八番料理だよ。」・・その時の嬉しそうな表情を今もはっきりと覚えています。木曜日はライ麦パンごはんの日だったのです。

実際に、デンマークで最も頻度が多く、最も親しまれている夕食の献立は「ライ麦パンごはん」です。ライ麦パンの上にメインの食材をのせ、場合によってはトッピングを飾るというオープンサンドイッチの一種です。プレートにのせてナイフとフォークで食べます。スモーブロと呼ばれる具材を何層にも重ねて美しく飾られたタイプよりも概してシンプルです。核家族でフルタイムでの共働きが一般的なデンマークの家庭では、毎日の夕食を用意する時間が30分以内と言われています。「ライ麦パンごはん」だと手軽に用意できますし、食材次第で栄養的にも優れた食事になります。平日に家族で囲める食事は夕食だけのことが多いので、この時間はほぼ聖域化しており、皆で楽しく囲むことが最優先されます。楽しく囲めるのだったら、仕事や学校で忙しい平日は手軽に用意したもので十分という考え方はデンマークらしいのかもしれません。

ライ麦パンは日が経つにつれ質感が劣化しますが、フライパンやオーブンで軽くトーストすると、再びライ麦の香りが楽しめます。このトーストは「ライ麦パンごはん」の他、ポタージュやマッシュポテトを添える料理、オムレツなどクリーミィーな食感を持つ料理に添えることも定番です。よく噛むことが習慣になっているデンマーク人にとっては、クリーミィーな食感の料理を食べるときにも歯ごたえのある食材がある方が食事としての完成度が高いのではないかと感じます。トーストの他には、角切りもしくは細いスティック状にカットして、オリーブオイルや菜種油を薄くまぶして180℃くらいのオーブンでカリカリに焼いておく方法にも人気があります。サラダやスープのトッピングとして重宝しますし、小腹が空いた時にはおかきのようにも楽しめます。常温で数週間ほど保存できますが、あっと言う間になくなります。

日にちが経ったライ麦パンを用いる伝統的な方法は、水や薄めのビールに浸して柔らかくなったライ麦パンを粒が残らないように煮たなめらかな食感の「ライ麦パンのおかゆ」です。ライ麦パンと同じ長さの歴史を持つ一品です。伝統的には朝食に用意しますが、夕食の前、前菜のような形でこのお粥を供する習慣も長く続きました。空腹を落ち着かせてからメインの食事を迎えることを目的とし、大勢の農夫を抱える農家での食事形態に由来しています。軽い食事の際にデザート代わりに用意していた話も聞いています。

コペンハーゲンの総合文化施設「チボリ」が運営するスモール・ラグジュアリーホテル「ニム・ホテル」は、とても洗練された上質の空間が味わえるホテルです。このホテルは素晴らしいクオリティとバラエティを持つ朝食でも評判なのですが、「ライ麦パンのおかゆ」もメニューに用意されています。ホテル特製のライ麦パンをお粥に仕立て、ベリー類と純生クリームを柔らかく泡立てたホイップクリームがトッピングされています。デンマークの1000年以上続く伝統を、美しく優雅に仕立てた一品です。毎月一回、必ずこの一品を楽しみに訪れる年配のご婦人がいらっしゃるそうです。素敵ですね。

このお粥は、1987年度アカデミー外国映画賞を受賞し、1989年に日本でも公開されたデンマーク映画『バベットの晩餐会』にも出てきます。原作は、20世紀のデンマークを代表する作家カレン・ブリクセンです。「ライ麦パンのおかゆ」はちらっと出てくるだけですが、素敵な映画ですので、ぜひご覧になってみてください。

[※1] この量は、他の全粒穀物を摂らなかった場合という前提です。

[※2 ] 地方によっては、サワー種に水と全粒ライ麦粉だけで焼くライ麦パンも存在します。

[※3] パンの上にメイン具材とトッピングが幾層にも飾り付けたオープンサンドイッチを指します。

[※4] ライ麦パンとメイン具材からなるシンプルなオープンサンドイッチを指します。簡単なトッピングが加わることもあります。

[※5] ライ麦パンのトーストやクルトンのこともあります。

文: くらもとさちこ
写真撮影: Jan Oster 

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